青木尊之 東京科学大学 総合研究院 特任教授青木尊之 東京科学大学 総合研究院 特任教授

研究内容
CAREER

ダイナミックなフォームを考慮したスピードスケートの空力解析

空力の影響を受けるスポーツはいくつかあり、特に陸上競技や自転車、スピードスケートなどの高速で移動する競技では、前方から受ける空気抵抗が記録を左右する大きな要因となっています。これらのスポーツでは高速で走行する人や物体の真後ろに張り付き、空気から受ける抗力を小さくするという戦法が多用されています。この現象はスリップストリームとも呼ばれ、高速で移動する物体が空気を押しのけた分、後流領域で気圧が下がり後続の物体が受ける空気抵抗が下がることを利用しています。もちろん、より高速なモータースポーツなどでも特に重要な要素となっています。

そのため、スピードスケートについては、これまで抗力の解析や実験が数多く行われてきました。 しかしこれらの解析は静止モデルを対象に行われ、また殆どが単独滑走での風洞実験などに限られていました。スピードスケートは激しく複雑な動きを伴うためスケーターのダイナミックなフォームを考慮した流体シミュレーションを行うには、移動境界問題や高解像度格子を動的に割り当てるなどの数値計算の難易度が高い手法を導入する必要があり、殆ど行われていませんでした。

近年、人体モデルやモーション・キャプチャ技術が発展し、スケーターの態勢が時々刻々と変化するダイナミックなフォームに対する3次元形状の時系列形状モデルを取得できるようになってきました。そこで、このモデルを用いてスケーターが受ける抗力の時間変化を明らかにし、スピードスケート競技に役立つシミュレーションを試みました。

流体シミュレーションの計算手法としては、高レイノルズ流れの空力解析に対して十分な実績のあるキュムラント衝突項の格子ボルツマン法を用いています。また、複雑形状の移動境界に対しては、Direct-forcing埋め込み境界法を用いています。空力解析の精度を保つためには、十分高い格子解像度で計算する必要がありますが、計算領域全体に高解像度格子を割り当てると計算コストやメモリ使用量が破綻します。そこで、スケーター近傍や渦の強い領域には細かい(高解像度)格子を割当て,遠方では解像度を粗くするAdaptive Mesh Refinement(AMR)法を導入しています。

両手を大きく左右に振り、最大出力での滑走のポーズは、短距離種目やゴール直前でのラストスパートの際に使われます。その動作モデルを TurboSquid から購入し、時系列の連番 STL ファイルとして出力しシミュレーションに用いました。スケーターが2歩前進することを1周期とし,32枚のスケーターモデルで1周期分の姿勢を表現しています。滑走速度を14.0 m/s とし、ピッチを1.5556 歩/s、ストライドを9.0mと設定しました。空力シミュレーションの1ステップは時系列STLファイルの間隔Δtとは比較にならないほど短いため、Δtの進みに合わせて前後のSTLファイルから時間方向の補間を行い、中間の時刻のSTLファイルを生成しています。このとき、STLファイルを構成するポリゴンは絶えず1対1に対応しているため、容易に補間を行うことができます。

比較的よく見かける移動物体を乗せた狭い計算領域をスライドさせるのではなく、スケーターの移動に伴って細分化する領域を移動するため、98.304 m×32.768m×32.768m という巨大な計算領域を用います。ただし、スケーターから遠い領域は低解像度の格子になっているため、計算負荷は殆ど生じません。NVIDIA の Tesla V100 を8~16個用い、最細格子解像度2mm~4mmで計算しました。

単独滑走の空力シミュレーション

まず、スケーターの単独滑走のシミュレーションを行いました。額、上腕、大腿など前方に位置している部分に高い圧力がかかることが確認できます。抗力係数の値の変化から、スケーターの両腕が体の左右に位置しているときに抗力が大きくなり、両腕が身体の前後に振り切ったときに抗力が低くなることが分かります。また、過去の実験で、身長、体重などは異なりますが、スケーターに12 m/sの風を当てたときの抗力係数が0.79~0.99であったという報告があり、本シミュレーションの単独滑走のが0.81であることと整合しています。

2人縦列滑走の空力シミュレーション

スケーター2人前後に並び縦列滑走するシミュレーションを行いました。2人の動きの周期に位相の差はないとし、スケーターどうしの間隔を1.3 mと5 mの場合を計算しました。スケーター周囲の圧力分布の動画を見ると、1人目のスケーターが空気を押しのけたために背後の圧力が低下しています。特に間隔が1.3mのときは2人目のスケーターが1人目の真後ろにいるため、2人目のスケーターの前面の圧力が低下しているいることが分かります。そのため、抗力係数の時間変化のグラフから、2人目の抗力係数の平均値が0.5まで下がり、楽に滑走できることが分かります。さらに、1人目のスケーターの抗力係数も0.76まで下がっています。2人目のスケーターの前面は圧力が上がるため、1人目のスケーター背後の圧力低下が抑制され、後ろに引かれる力が低下したものと思われます。また、2人のスケーター間の距離が開くと、2人目のスケーターの抗力低下の割合は下がりますが、それでも5m離れても抗力係数の平均値は0.65まで下がります。

速度勾配テンソルの第二不変量の等値面動画を見ると、5m離れても1人目のスケーターが発生した渦が2人目のスケーターまで届いていることが分かります。

3人縦列滑走の空力シミュレーション

3人のスケーターが縦列で滑走した場合の空力シミュレーションを行いました。スケーターの間隔を2.5 mとし、3人の動きに4分の1ずつ位相がずれているとしています。1人目のスケーターの抗力は単独滑走とほとんど変わりません。2人目は1人目の後流を受け、さらに3人目のスケーターの前面の圧力上昇により背面の圧力低下が抑制されるため、最も抗力が小さくなると予想していました。しかし、シミュレーションでは3人目のスケーターの抗力が最も小さくなるという結果になりました。これは、スケーターの間隔が2.5mと広いため後流が広がり、2人目のスケーターは1人目のスケーターの後流を受け取りきれず、3人目のスケーターは(漏れた)1人目のスケーターの後流と2人目のスケーターの後流の両方を受けてたせいだと考えられます。

スピードスケートの空力解析には、詳細な空力シミュレーションが必要であることが分かりました。

チームパシュートの空力シミュレーション

スピードスケートのパシュート種目(チームパシュート)では3人のスケーターの連携により空力の影響をいかに制御するかが勝敗に大きく影響します。2018年平昌オリンピックの女子チームパシュートでは、個々の力はオランダの方が上だと噂されていましたが、チームワークで見事に金メダルを獲得し日本中に大きな感動を与えました。

チームパシュートのような長距離種目は先頭のスケーターは両手を後ろに組んで抗力をできるだけ下げ、2人目と3人目は1m以下の距離でピッタリと前のスケーターに密着し、プッシュポーズと呼ばれる体制で、スケーティングの周期運動の位相もほぼ完全に一致させて空気から受ける抗力を極力下げようとしています。

スケーターのポーズは、国立スポーツ科学センターの山辺 芳氏、木村 裕也氏の協力のもと、日本スケート連盟に許可を得て実際の競技のデータを基にパシュート競技中の時系列連番STLのデータを頂きました。

まずは直線走行でのパシュート・スケーティングのシミュレーションを行いました。スケーター間の距離は85cmとしています。抗力係数の平均は、1人目が0.697、2人目が0.323、3人目が0.390と、今度は2人目のスケーターの抗力が最も低く先頭の半分以下です。2人目と3人目はプッシュ姿勢です。

次にコーナー滑走のシミュレーションを行いました。実際のスケートリンクのコーナーをカバーする98.304m×65.536m×32.768mの範囲を計算領域とし、3人のスケーターの位置関係と軌道も実際の競技を再現するようにしました。コーナーでの加速が競技にとっては重要であり、隊列の乱れが生じやすい場所と言われています。スケーターの間隔は90cmとし、コーナー滑走中に隊列が乱れなければ、抗力係数の平均値は1人目が0.708、2人目が0.347、3人目が0.341でした。隊列が乱れると、2人目と3人目の抗力が増加します。コーナーでは進行方向と隊列の方向を完全に一致させるのが難しく、2人目と3人目が1人目の後流を十分受けきれず、フレッシュエアを受けてしまい直線滑走のときより2人目と3人目の抗力が上がることが分かります。